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※こちらのショートストーリは、メルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

人ひとりの力は微かなれど 

激務の合間のしばしの休憩時間、さくら子はほうじ茶を飲みながら、紙を取り出し何やら折り始めた。
手にしているのは、美しい薄紅梅色の和紙である。

「九条官房長官と丹後さんは、今年の年末年始には和服をお召しになったの?」
さくら子が声をかけると、二人の男性は顔を上げた。

「私は・・・着てないですね。 親族に会うにしても、スーツを着用することが多いですから」
丹後を追い、九条も答える。
「僕は、大みそかと元旦に着ました。 近くの神社に詣りますからね! でも丹後さん、何故着ないんですか?」

九条から質問され、丹後は珍しく言いよどむ。
「えー、実は、きちんとした和服を持っておりませんので」

「まあ。それじゃあ丹後さん、日本人としてもったいないわ」
さくら子が驚いたように声を上げた。

「それに、着物を買うこと自体にも意味があるんです。 日本がデフレ不況に陥ってから、高級品を買ったり、嗜好品にお金を使ったりする人が激減してしまった。 これって、単にその業者の収入が減るってことじゃなくて、その業界の存亡にも関わる重大事なのです」

折り紙を続けながら、さくら子は語る。

「たとえば、凄く高級な帯って、一本で数百万円したりするんだけど。 そういう帯を作っている職人さんておじい様だったり、おばあ様だったり。 技術は確かで素晴らしいんだけど、お歳を召していることと、緻密過ぎるお仕事のため、スピーディには出来上がらない。 だから、一つの作品が非常に高価になってしまうの。 で、そういうひとの生活を支えてきたのが、日本の富裕層の皆様だったのよね。 でも不況やデフレのせいで、高級品を買うことが減った。 結果的に、廃業に追い込まれてしまう職人さんもいらっしゃるわ」

折りあがった鶴に、ふうっと息を吹き込み膨らませてから、さくら子が続ける。

「それって、単に、その職人さんが仕事をたたんだ、ってことじゃなくて、日本と言う国から、一つの大きな文化的な宝、技術が、失われたということよ」

驚いた九条が、
「そう考えると、デフレって、国の文化すら壊してしまう、とんでもないモンスターじゃないですか!?」
と声を上げた。

さくら子は、うんうんと頷く。
「だから、逆に考えれば、国民ひとりひとりが着物を一枚買うだけでも、文化を守れるかも知れないのよ」

ところが丹後が少々シブイ表情を浮かべる。
「しかし、着物一枚とは言っても、庶民にとっては充分に高い買い物ですよ」

すかさず、さくら子が、
「えと、着物でなくても、日本国内で日本の職人さんが作っている伝統工芸品ひとつを買うだけでも、国民全員が行うなら、十分に意味があるわ」
と応じると、丹後もどうやら納得したようである。

「なるほど。効果については未知数ですが、確かに一理ありますね」

「うーん、人間ひとりひとりの力は、決して、小さくは無いんですねえ」

感心したように幾度も首肯する九条に、さくら子はダメ押しする。

「そうよ。ひとりの力は確かに微かでも、それが合わされば歴史すら大きく変えてしまう可能性を秘めているんですもの。九条官房長官なんて、超セレブ家系の御曹司なんだから、不況の時こそ、ガンガンお金使ってくださいね!」

「勿論!僕は女性にプレゼントをすることが大好きですから、特にクリスマスから年末年始、ホワイトデーまでは、毎年、国益に貢献しまくりです!」

無邪気な笑顔を二人に向けてくる九条。

「・・・あ、うん、そうよね・・・」

いつも通りの九条の発言に、さくら子と丹後が軽く引いている、まさにこの時。
執務室の扉の前には、間の悪いことに“あの男”がいたのである。

ドアの隙間から漏れ聞こえてくる九条のセリフを受け、東田は震えながら、
「ウラヤマ・・・しくなどない! 『けしからん』の一点張りだーーーーーーー!!!」
と心の中で叫んだ。

東田史上、嫉妬全開の最悪の大絶叫だったというが、その真実を知る者は少ない。

さかき

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