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※こちらのショートストーリは、メルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

北風の向こう側 

2010年、2月。

「雪が降った後って、全部が綺麗に見えるね」
男性の穏やかな声音が、冷えた空気の中に響く。

中井昭二前財相の急逝から、4か月が経とうとしている。
この日、興産新聞の新米記者・一之宮雪乃は、中井の墓参りに赴いた。
同じく興産新聞社社会部のカメラマン、神庭亮一も一緒だ。
明け方に降った雪が薄く積もっている街並みを、神庭は眺める。
これから日が昇るにつれ、溶けて消えてしまうのだろう、はかない白の絨毯。

中井の墓前で、雪乃は願う。

(欠点をあげつらい責め立てるのではなく、そのひとの美点を評価し応援する、という気持ちが当然の世の中になりますように。
“他者を蹴落とすこと”が蔑まれ、“自身の使命を果たすこと”が尊ばれますことを。)

神庭が雪乃の背中に話しかける。
「中井さんは、ずっと見てるよ。日本がどういう風に進んでいくのか、を。
だから一之宮も、誇り高く生き、やりたいことは何でもやればいい。
・・・生きている俺たちが、亡くなった人の分、全力で生きる。それが、いつか、良い結果を生み出すんだ」

中井が彼岸へ旅立ってから、雪乃は日々苦しんだ。
眠れぬ夜も多かった。また、やっと寝付いたとしても、悪夢によって睡眠が妨げられることも少なくなかった。
しかし雪乃は、神庭の存在に救われたのだ。彼の持つ印象的な瞳は、雪乃を優しく包み込む。

「わたし、朝生総理や中井大臣から教えられたことが、他にもあるの」
千鳥格子のストールをまき直しながら、雪乃は立ち上がった。
「わたしはふたりの受けたバッシングを目の当たりにして、それは誤解だと怒りを持ち、汚名をそそぐ助けになりたいと思った。
でも朝生さんと中井さんが特別だったんじゃなくて、こういうことは、世の中で普通に起こり得ることなんだよね。
たぶん、今、この瞬間にも、誰かが、誰か悪意を持ったひとによって、根拠のないデマや噂を立てられて、傷つけられてる。
静かに泣き寝入りしている人が、きっと、世界にはたくさんいる筈。」
白い息。
「わたし、そういう、歪んだ情報による被害者を、助けたい」

雪乃は強く思う。
いつの時代も、人を陥れるのは人であり、また、人を救うのも、“人”でしかあり得ないのだ。

「じゃあ、俺たち、やらなきゃいけないことが山積みだな。
・・・落ち込んでる暇なんか無いよ、雪乃ちゃん」

神庭に呼びかけられ、雪乃の頬に、さっと赤みがさした。

「雪乃“ちゃん”て。恥ずかしいから、やめて」
「なんで?カワイイ名前なんだから、こっちの方がいいよ」
「・・・そんな風に呼ばれたこと、今まで無かったし・・・」

雲間から太陽が顔を出し、雪乃の髪を輝かせた。

未だ気配は薄いが、希望の種はそこかしこに芽吹こうとしている。
その芽を生かすのは、人の意志に他ならない。

 

さかき

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