prose

もっとも欲しい、耽溺したい、その本を 

とても、読みたい本がある。
あらすじも世間の評価も知らないが、
装丁の色遣い、紙の質感や匂いが凄く好きだから。

是非とも中を開いてみたいのだけれど、
いつも私には手の届かない、高い棚の上に置かれてある。
背伸びしても無理。
ではそこまで上ろうと思い立ち、私は梯子を探すのだが、
古傷でしたたか装飾された、木製の梯子すら見当たらない。
うらぶれた街角、薄暗い書店の片隅に、隠れるように置かれているのは、
何故。

あまた他の本は……
たとえば、
息もつかせぬ面白さと定評のあるミステリや、
どこまでもセンス良く彩り尽くされた異国の雑誌、
堅牢な革製のカヴァーと、その表に刻印された金文字も目立つ百科事典……
彼らは、いくらでも向こうから、私の手の中に飛び込んでくるのに。

しかし、
いちばん欲しい本だけ、
読むことが、
できない。

その本を読み始めてみたら、実は面白くないのかもしれない。
もしくは、酷く面白いかもしれない。
または、全く興ざめの代物なのかもしれない。
はたまた、歴史に名を遺すほどの大傑作なのかもしれない。
でも、
それら結果は、
私にとってはどうでも良いこと。

“その存在”に魅入られてしまったから、自分の手をどうにかして彼の本まで届かせたい。
胸の動悸を自身の中に聞きながら、
震える指で、
おそるおそる表紙を開き、
その内なる世界に耽溺してみたいのだ。

いわんや私を待つ結末が、たとえ不幸であろうとも。

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