prose

夜半、雲間に宿る月 

A氏にとって都合の悪い証言をするB氏がいた、と仮定する。
B氏の発言の信ぴょう性を低める方法のひとつに、「Bは精神病罹患者である」とレッテル貼りをする、とかいうものが存すると。
なんと薄汚い手法、まさに情報リテラシーの問題であり、さらには、人としての良心の問題でもある。

さて、陳腐な言葉の羅列によって、はたして他者は他者を苦しみから救えるのだろうか?
いやいや“あるひとの抱える苦悩は、そのひと自身にしか到底分かりはしない”。
上述の哀しい事実を理解した上でそれでも唇から出そうという言葉なら大いに価値はあるが、そうでない場合、ただの思い上がりと評して良いのではないか。

大きな裏切りに遭った人の気持ちは裏切られたことのあるひとにしか分からない、虐待された人の気持ちは虐待被害者にしか分からない、世間から見捨てられたひとの気持ちは同様に見捨てられた経験を持つひとにしか分からない、収容所の苦しみを現代人が理解できるか、帰還兵の残りの生涯を黒く染めたPTSDの苦悩について果たしてあなたは理解できるというのか、ヴィクティムにむかって「私だって多くの苦労を経験してきた。悲劇のヒロインのように、ことさらに被害者ぶるな」とのたまう人の長蛇の列、列、列、れつ、れつ、、、、、

もう涙も出ないくらい、至って当たり前の日常、
「ひとに言うことを聞かせたかったら、金か力か情報を持て」と、
それはまるで怜悧な刃物、
華やかな血飛沫と共に肉をえぐり、深部へ深部へと沈み進むが、もう痛みすらも感じない、

裏切られるたびに、悲哀でなく諦観が増し、怒りでなくただ白けた気持ちが無限に広がってゆく。
しかしその一方で確かに、葉陰に目立たぬ花の存在、夜空の雲や月の恐ろしいほどの美しさ、波音の交響曲、風の匂いの鮮やかなことに気づかされもするのだ。
それこそが、私の本当の幸せなのだと、私は、きっと、知っている。

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