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※こちらのコラムは、雑誌やメルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

「真冬の向日葵」秘話 

今日は「真冬の向日葵」の制作について、裏話(というほどでもない小ネタの数々)を書きたいと思います。

この小説は、“マスコミと情報の問題”をメインに扱っていますが、同時に、“主人公・雪乃の成長物語”という側面も併せ持っています。
大学生の雪乃は、「外国かぶれ、主体性を持たない、諸事をソコソコこなすが、社会性は未だ育っていない」という、おそらくよく見るタイプの日本人の若者です。
その彼女が、就職活動中の学生→インターンシップ→新人社員、という流れを経て、「社会を支える一員として自分はどうあるべきか」を学んでいきます。
礼儀礼節や社会常識、他者との関係の築き方などを、徐々に会得するのです。
“ケータイ大好き”だったはずの雪乃は、最後はメールではなく、直接言葉を伝えることを選びます。

一方的なバッシングの異様さを際立たせるために、キャラクターについては、「表面的な印象と、根幹の人格とは違う」ということを殊更に表すよう注力しました。
ですから、「チャライ雰囲気の人物が、実は人生の葛藤と戦っている」また「頭脳明晰で柔和に思われる人物が、実は単に、ずる賢いだけである」等々の設定を盛り込みました。
また、人物以外の事象についても、「よく見たり考えたりすると、受け取り方が変わる」というエピソードを諸所に入れてあります。
これは中野剛志先生からご指摘をいただいたのですが、「真冬の向日葵」自体も、読者の意識によって、まったく違った趣の作品に受け取られるそうです。
ある人にとっては「ライト・ノベル」、またある人にとっては「悲痛な物語」、そのまたある人にとっては「過去の記憶」。
この事例ひとつを取ってみても、一方の意見のみを聞き判断することの恐ろしさが、感じられると思います。

アランの幸福論については、学生時代の経験から、ショーペンハウアーと並べてみました。
当時、友人の間では、アランについては「軽い」として、読み込む人は多くありませんでした。
対して、ショーペンハウアーなどの厭世観寄りの書物は、仲間内での評価が高く、興味深く読んでいました。
しかし社会に出てみれば、楽天観を持つことの意義が、身に染みて分かってくるように思います。
どれほど真剣に悩んでいたとしても、他者から“救いの手”が差し伸べられることは、はなはだ少ない。
より幸福な状態を目指すならば、文字通り「自分の薪を眠らせたままでは、どうにもならない」のだと、思い知らされるのかも知れません。

ノベライズ作業に関しては、初めに三橋先生から「使うべき政治ネタ」と「取り入れるべきフィクションネタ」を貰い、それから仕事に取り掛かりました。
キャラ作りから始め、ストーリーの流れを作った後、ここでもう一度三橋先生に「政治ネタ」補完をお願いしました。
そのデータをさかきが受け取り、ストーリーを書き加え、全体を小説として仕上げる。ここまで、一か月と十日でした。
政治経済に関する解説部分も、原案を全文書き直し、意訳と脚色を加え・・・これに一か月程度かかったと思います。
計、二か月と十日。
正直なところ、めちゃめちゃ無理があるスケジュールでした。
が、「どうしても選挙に間に合わせたい」と三橋先生と担当さんがおっしゃっていたので、期待に応えようと必死で作業を進めました。
(この企画が決まったのが四月末で、当時は「総選挙は今夏ではないか」との予測が世間にあったのは皆様ご存じだと思います)
それでも〆切を二十日ほど過ぎてしまい、結局、八月刊行予定が九月までズレ込んでしまいました。
しかしこれが功を奏したのか、自民党総裁選真っただ中という、まさに運命のようなタイミングでの出版に。
何やら、秋津島におわす八百万の神々の存在を、再認識させられるような出来事でした。

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