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※こちらのコラムは、雑誌やメルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

クリスマスの12日 

今日のコラムのタイトル“クリスマスの12日”というのは、有名なクリスマス・キャロルのひとつです。
12月25日からの12日間をクリスマスと捉える考えがあるため、その期間に毎日貰うプレゼントについての、数え歌風のキャロルです。

12日も経つと、新年、日本だと正月休みも終わる頃ですね。

私は日本人として神道をこよなく愛する者ですが、他国の宗教的行事を、生活に取り入れて楽しむことが大好きです。
信徒にとってみれば大事な宗教的意味を持つイベントだと理解した上で、それでも楽しい年中行事の一環として取り入れてしまう、そういった鷹揚な日本人の国民性を、魅力的だと感じます。

思えば子供のころ、最初に受けた教育が、カトリックの精神に基づくものでした。
もう、うろ覚えなのですが、昼食の前には毎回蝋燭に火を灯し、クラスの皆でイエス様へのお祈りを捧げ、それからお弁当を広げます。
教会では聖書の中のお話をたくさん学びました。
聖歌を歌う美しい時間を好み、大人になった今でも特に、いわゆる「いつくしみ深き」が大好きです。
歌うと、涙がこぼれてしまうこともあります。

キリスト教に対する批判は多数あるそうで、私もそれを否定する気はありません。
しかし幼い日の私にとっては、聖書の中の1ページ、特に、誰かが自己を犠牲にして人を助けたような話を聞くのは、心が洗われる素敵なことでした。

綺麗ごとのように感じられ、一歩ひいて、穿ってみたくなる言葉でも、耳にした人には何らかの良い影響を及ぼすと思います。
短所をけなす言葉よりは、長所をほめる言葉を。
罪を責める言葉よりは、改心したことを称える言葉を。
私としては、そういった気持ちを失わずに生きていけたらなぁ、と常々考えています。
その理由は単に、それが美しい行為だと感ずるからです。

もともと人間とは、利己的な生き物ですから、“他を愛する”行為も、結局は、自身の欲求を満たすために行っているに過ぎません。
どうせ自分の欲求を満たすために生きているなら、「自分の人生を誇り高いものにする」という欲求を追い求めるのが、素敵なことのように感じられるのです。

いささかイメージ論に終始しましたが、年の瀬ということで、少々、感傷的なコラムを書いてみました。

そうは言っても、昨夜も〆切に追われ書き続けていた私が、今日起きて一番にしたことと言えば、以前友人からすすめられた、ヒャダインさんの「クリスマス?なにそれ美味しいの?2010年Ver.」を、連続再生することだったワケです・・・。

皆さんは、年末年始、どのように過ごされるんでしょうか?
私はもし時間が作れたらクリスマス・ミサに行って、正月は初詣に行って、仕事が一段落ついたら、墓参りにも行きたいもんだと考えとります。

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