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※こちらのコラムは、雑誌やメルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

カジュアルとクラシカル 

先日、知人と連れ立ってみたま祭りに行ってまいりました。例年どおり、靖国の参道から境内は、人・人・人の大洪水です。
私がみたま祭りに通うようになってかなりの年数が経ちますが、今年はまた若い方が多いように感じられました。何より、浴衣をまとう若者の多いこと多いこと。
この日はあいにくと激しい夕立に見舞われたため、私は浴衣を着るのを断念したのです。が、驚きました、靖国の鳥居前に着いてみれば、そこは浴衣姿の嵐だったのですから。男女を問わず色とりどりの生地が競って咲き誇り、日本の夏の美しさを際立てます。つくづく、自分の身を包む「古びたTシャツ&ジーンズ&スニーカー」を呪いましたとも!

若い方に和服姿が増えたのには、最近の日本文化見直しの気運に加え、さらに大きな理由として、デフレなどにより安価な浴衣が大量生産されるようになってことも関係しているかと思います。
安価な浴衣。これはなぜ安価かと言えば、おそらく、本来は浴衣にするための反物ではない外国産の生地を使い、外国の工場で、手縫いではなくミシン縫製されているからでしょう。

これは長い目で見れば、日本文化の衰退にもつながる可能性も孕んでいます。廉価品販売の隆盛によって、長く細々と“本物”を作ってきてくれた職人さんの仕事を、明らかに圧迫しているのですから。千円札の数枚で買えてしまう浴衣を初めて見たときには大いに驚き、恐ろしくなってしまったほどです。
が、しかし。
最近は、こういった大量生産の浴衣が出回ることは、それほど悪い面ばかりでもないと、考えるようになりました。「それが本物を愛することの“入り口”であると捉えるなら、将来的には大きなメリットとなる」と気づいたからです。

たとえば齢を重ね数十年が経っても変わらず外国製の浴衣のみを着ているのでは、日本人として味気ないとは思うけれど。「最初の一枚」については、どのようなものでも構わないのではないかしら。
カジュアルな最初の一枚を手に入れることで和服に興味を持ち始め、やがて日本文化の華であるキモノを好きになるのなら。そしていつか、日本の職人さんが手塩にかけて染め上げた反物で、自分のためだけの浴衣をジャスト・サイズで誂えるなら。さらにはその一生モノの浴衣を手に入れた方が、それを末永く愛用してくれるなら。
想像するだけでも素敵なことです。

”初めて”について、何事にも年齢は関係ないと考えます。例えば60歳になって初めて着物を着られる方でも、最初の一枚はポリエステルなどでも宜しいかと存じます。そして、もしもその方が和服を愛するようになったなら、是非ともその時点で、国産の良いものを求めて頂きたいと。
小さな個人である我々が本物を買うこと。それが、自国の文化と技術、職人の血を守るうえで、大きな支えとなるでしょう。

さて、その国々で発展を遂げた文化については、やはり大元の国に敬意を払いたいものです。例えば紅茶については、やはり英国の老舗ブランドのものを頂くと嬉しく思います。また例えば長い歴史を持つお菓子であるザッハ・トルテを頂くならば、ウィーン発のものに殊更に喜びを感じてしまいます。
そうは言っても、忙しい朝にはティー・バッグの紅茶が便利ですし、多くの日本の紅茶メーカーの茶葉も英国製に劣らず文句なしに美味しいですよね。しかしながら、本物を作っている職人さんの存在へ、長年の技術継承の歴史へ、変わらぬ敬意を抱き続けている。

つまり、廉価なカジュアル・ヴァージョンも、高品質のクラシカル・ヴァージョンも、どちらの良さも等しく享受し、しかし老舗やオリジナルへの敬意を決して忘れない。こういった姿勢が、時代に則しかつ美しいのではないか。
とまあ、こんな風に思ったりしている、今日この頃です。

みたま祭りでは例年、大村益次郎の銅像の下で盆踊りが催されます。老若男女が入り乱れて、同じ音色に身を任す。笑顔あふれる人々が身に着けているのは、旧いものから現代風なものまで様々あるが、総じて日本の誇る民族衣装「浴衣」。
亡き人を思いながら、生きていることの楽しさを全身に表した人々が集う。そしてその”遊び“が、日本の国柄を守ることにも一役買っている。
皆様もきっと、こんな日本の夏の夜を素敵だと思われることでしょう。

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