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※こちらのコラムは、雑誌やメルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

”ものづくり”を贅沢に 

さてミャンマーからコトもなく、それどころかミャンマー料理を食べ過ぎてしたたか肥えて帰ってまいりました、さかきではあります。
帰国してしみじみ感じますが、いや~、日本、快適ですな!!!
何が快適かって、まあ色々ありますが、今日の私が強く感じたのは、「道路&クルマ事情が快適」ということです。

思い返せばミャンマーでは、どこに行くにも、道路のデコボコ具合に悩まされました。
とにかく、道を走っていると、車体が上下に波打っているカンジなのですから。
これ、賢明なる読者の皆様におかれましては「デフォルメじゃん」とか思わるかも知れませんが、イヤこれがアナタ、マジなんですよ。
同行された平松さんに至っては、腰が痛くなってしまったとか何とか。
サカキ心の底から、「アニメーター兼・演出家兼・イラストレーターの腰を痛めてどうする!?」ってなモンです。

辟易気味の我々がガイドの男性に尋ねてみたところ、ミャンマーの道路はアスファルトではなくコンクリート製のものも多いそうで、表面もあまり滑らかではない、とのこと。
そういえば今回の取材においても当初は、首都・ネピドーにも行きたいと考えて、計画を立てていたのです。
が、ネピドーまでの道がやはり“波打ち気味”という情報を入手し、ネピドー行きを断念したという経緯もあったのです。

さて皆様、クルマ、はお好きでしょうか?
何を隠そう、さかきはクルマが大好きです。
別にメカニックに詳しい訳では全くないのですが、とにかく車が好き。
ただ車を見て、乗って、その車中から空や海など、自然の景色を眺めているだけで幸せ。

しかし。
日本で長らくデフレ不況が続き、その間、車体価格も経費も安価な車種の人気が高くなっていたと思います。
また“エコ”の観点から、高性能・低燃費の車も、大流行りであったような。
でも、と、私は考えてしまうのです、「クルマって、ただ乗れればいい、っていうだけじゃつまらない!」と。

世にはあまたの文化芸術があり、それらは太古より多くの人間によって、かたち作られてきました。
どのような文化も最初はおそらく、誰かのちょっとした思いつきから始まり、それは決して物事の本筋ではなく、言ってみれば“無駄な産物”であったと思う。
それらが、多くの紆余曲折を経て、“文化”や“芸術”にまで高められてきたのだと考えています。
クルマについても同様ではないでしょうか。
クルマは、ただの乗り物なのではなく、“文化”または“芸術”としての側面も大きいのだと。

そう考えると、クルマについて利便性やコストのみを追求するのは、味気なく感じられてしまいます。
勿論、不況時に企業や家庭がコスト削減や節約をするのはミクロ経済的にまったく正しいことですから、経費を抑えるのは当然です。
ですが、
「節約重視の車も栄える一方で、遊び心やクルマへの情熱を刺激する贅沢なクルマ作りも、決して決して、廃れて欲しくはない!!!」
と、こう、思わずサカキは熱弁を揮ってしまっておるワケです。

「希臘から来たソフィア」でも書きましたが、我らが日本国は、世界に誇る技術と歴史を持つ自動車メーカーを、多数、有しています。
ホンダもマツダもトヨタもスズキも何もかも・・・とにかく、こういったメーカーが、日本経済と国民生活のレベルを、長きに亘り底上げしてくれたんですよね。
そこには、ものづくり大国・日本の器用な個性も表れているし、また、どんなものでも“道”や“芸術”の域にまで磨き上げてしまうという、日本人ならではの美徳すら表れていると思います。

茶道とか、いや現在は本当に素晴らしい伝統文化ですけれど、元を辿ってみれば、ただ「お客さんにお菓子とお茶を出す」というだけの行為ですよ。
しかし、もてなしをする人々の「こうしたらよりお茶が美味しいだろう、よりお客様が心地良いだろう、より所作が美しいだろう、より風情を感じて頂けるだろう」という気持ち。
つまりは「相手に喜んでもらいたい」という気持ちが重なり続けたことによって、“伝統文化”にまでなったのです。

そう考えると、クルマや、そしてクルマが走る道路についても、ただ数字だけで考えるのはつまらないなあ、と思うのです。
うーん、随分なつれづれっぷりになってしまいましたが、要は、
「クルマと道は“文化”でもあるので、もっと贅沢な空気を取り戻して欲しい!」
と、こう言いたかったのでした。

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