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※こちらのコラムは、雑誌やメルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

「お茶」と「お菓子」 

縁あって、日本の名だたるお菓子メーカーや菓子卸業に従事する方が一堂に会する場に、お邪魔してきました。

日本国が不況に陥って以降、お菓子業界にも厳しい風が吹き続けていたそうです。
しかしここにきて、アベノミクス効果もあるのか、業界の上部を覆っていた暗雲が晴れ、青空が覗き始めているとか。
率直に言って、非常に嬉しく感じます。
しかし当然ながら垣間見えるその明るい空は、今後への期待値によるもので、未だ確固たる好況への証ではありません。

“デフレ不況”に日本が嵌まり込んで早二十年、その間、物の価格は下落の一途を辿ってきました。
スーパーやコンビニに行けば、著名メーカー外の安価ラインの商品、100円均一などの菓子が店頭に並ぶのも、いつしか当たり前の日常になっていましたよね。
しかし幼い頃の私は、「チョコレートは○○!」「○○○のポッキー&プリッツ!」「○○のキャラメルのパッケージと味は永遠!」などなど考えていました・・・私の中に、その分野におけるフラッグ・メーカーとも言うべきものがあり、愛着を持っていた訳です。
ですからこういった安価ラインの商品は、私には何だか味気なく感じられてしまう。
この感覚って一体何なんだろう、これがいわゆる「日本人はブランドに弱い」ということなのかしら?
暫く考えてみたのですが、単に「ブランド好き」とかいう文言で片付けられない、不思議な感覚だ、と思い至ったのです。

「ブランド好き」というと少々嫌な言い方ですから、では例えば、「老舗を愛する」と言い換えてみたら、いかがでしょう?
随分と印象が変わるとは思いませんか。
そう、もしかしたら、日本には誇るべき悠久の歴史があるため、だからこそ日本人は「長く続いているものに、より深い敬意を持つ傾向がある」のかも知れませんよね。

私は幼き日より、茶道にも親しんで育ちました。
茶道の主役は勿論「お茶」ですが、このお茶を美味しく頂くためには、「菓子」が必要不可欠です。
一般的な大寄せの茶会においては、まず席入りした客に菓子が配られ、客は和菓子を懐紙に載せて頂き、それを頂き終わる頃、薄茶が出てきます。
「薄茶」と書きましたが、これがいわゆる、世間で認識されているところの「お抹茶」になります。
流派によって違いますが、多くの方が目にしたことがある「お抹茶」は、きめ細かな泡が立ち、表面がふわりと覆われているお茶ですね。

「薄茶」という言葉が存在するのには勿論、理由があり、これに対するものとして「濃茶」という言葉があるからです。
実は大寄せでない、より正式に近い茶事において、そのメインは、あの有名な「ふわふわのライト・グリーンの泡のお抹茶」ではなく「どろりと濃いモス・グリーンのお抹茶」なのです。
薄茶は濃茶の添えの立場だと言えるのかも知れません。
さらに薄茶は「点てる」(たてる)と言いますが、濃茶は「練る」と言います。
これだけで、薄茶と濃茶の濃さ、粘度の違いがお分かり頂けるかと思います。

この濃茶を客に美味しく飲んで頂くためにこそ、茶事を催す亭主は、懐石料理を振る舞い、菓子を振る舞い、その上で濃茶を練り、最後に薄茶を点てます。
どうでしょう、日本人にとっての“お茶の重要性”を、読者の皆様にも、ひしひしとお感じいただけませんか?
そしてそのお茶を美味しく頂くために最も最適なのは、果物でもなく、チーズでもなく、生ハムでもなく。
やはり、「お菓子」なのです。

多くの茶事には由緒ある和菓子店の上生菓子や干菓子が振る舞われますが、私たちが普段、自宅で楽しいお茶の時間を持つとき、手元にあるのは日本の菓子メーカーのお菓子ですよね。
職人さんが芸術作品のように作り上げる上生菓子も素晴らしいように、大手メーカーが大量生産したお菓子にも、素晴らしい銘柄が溢れています。
これだけ美味しいお菓子が、すぐに手軽に食べられる、日本て、やっぱり素敵じゃない?

そういう訳で、今後も日本のお菓子業界が隆盛を極めてくれることを願い、私は今日も今日とて、大量のお菓子を頬張っております。

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