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※こちらのコラムは、雑誌やメルマガ寄稿文に加筆修正をしたものです。

ギリシア・ガストロノミー紀行5 

ギリシア紀行もとうとう五回目、もうそろそろ読者の皆様も辟易気味? じゃないよね?
さて前回から大分に間が開いてしまいましたが、ギリシアはアテネの地で輝かしい夜明けを迎え、感涙至極であったサカキの、その後。

眼前にアクロポリスが迫る中に食後の紅茶までいただくと、本日、さらに楽しみなスケジュールが待っています。
まず第一に在ギリシア日本大使館に取材に伺い、その後、もう20年来の憧れであったパルテノンに赴き、待ちに待った「新アクロポリス博物館」に向かうのです。

さて、まずは大使館です。
今回の取材の目的は、ギリシア歴も長い外交官のN様に、在希日本人の目から見た率直なギリシア観を伺いたい、ということでした。

Mさんからは主にデータについてお聞きし、Nさんから明快な返答を頂きました。
私が驚いたのは、ユーロ圏外からヨーロッパを訪れる旅行客は、最初に入国した場所への観光客としてカウントされ、最終目的国への観光客としては認識されないという点。
つまり、フランスはシャルル・ド・ゴール空港経由でギリシアを訪問した我々は、ギリシアへの観光客ではなく、フランスへの観光客としてカウントされ、データとして残るのだそうです。
大変驚かされました、“国”の輪郭線が薄くなっているように感じられて。
それにこういった集計は、観光分野の発展にも大いに役立たつものだと思うのですが・・・既に意味を成していないような?
この辺り、いかがなもんでしょうか。

データ面での取材がサクサクと進む一方、私はと申しますと、「どう考えても答えにくいやろー!」という観念的な内容の質問も、多数、してしまったのです。
つまり国家観、歴史観、などのデリケートな問題ですね。
が、N様は柔らかなお言葉で絶妙なお答えをくださり、恐縮至極のサカキでありました。
この取材にて知り得たことは、ソフィアに大いに活かされました。
私としても「多くの国の民が、自国の文化と歴史を愛しながら、互いに手を取り合っていく、それをさらに喚起するような作品にしたい」との思いを強くし、筆を進める勇気をも頂きました。
Nさん、同席してくれたギリシア人青年Aさん、自由社のEさん始め、橋渡しをしてくださったIさんなどなど、取材協力者の皆様方に、この場を借りて御礼申し上げます。

そう言えば、この大使館訪問の際にN様がご紹介くださった映画に、「タッチ・オブ・スパイス」というものがあり、日本へ帰国後、早速に鑑賞しました。
この作品を観るだけで、ギリシアが国家や民族として抱える苦悩・憧れなどが、まあサラリとではありますが、理解することができます。
実はソフィアの書くに当たり、ギリシア関連の資料や作品などに幾つか触れましたが、それらは暗澹たる歴史的経緯が前面に出ていることも多く、作中人物に感情移入しやすい私としては少々苦しかったのですね。
そういった中で、この「タッチ・オブ・スパイス」は、コミカルでエンタメ性も強いため、“ギリシア理解への導入”という意味で、良品だと思います。

さて大使館を後にした我々は、一路、パルテノンへ!

アクロポリスへの道は石の道。
上りがてら、渇きに耐えかねた私が露店でジュースを買おうとしたところ、何故かAさんがシブい顔になりました。
聞いてみると、「ここで買うと、価格が異様に高い」とのこと。
しかしどうしてもジュースが欲しい私は、Aさんの制止を振り切り、一目散に売店へ!(って、そんな大げさなモンではなかったですが)
壁に貼られた値段を見てみると、うーん、確かに高価です。
「そうは言っても、生絞りオレンジジュースは美味しいし、日本で買ったらもっと高級だし。それに何より私は、あの甘く滴る果汁を、ここで、今すぐに、味わいたいんじゃ!」
と、激しい熱意と共にオーダーすると。
・・・なんと私に手渡されたのは、“超”普通のオレンジジュースでした・・・つまり、生絞りじゃないやつ。
これまでの旅程に於いて、少なくとも美食に関しては連戦連勝街道を突っ走ってきたオイラにとって、初めての大きな挫折でした・・・!

さて超・普通のオレンジジュースもサクッと飲み干し、乾いた白い道を、パルテノンをめざして歩きます。
照り付ける日差しに、汗がうっすらと滲み。
徐々にその荘厳な建ち姿が近づいてきて、私の中には、学生時代の記憶、ギリシアに対して抱いた憧れの記憶、が幾度も去来します。
晴れ渡るシアンの空と、眩しく輝く大理石の神殿。
切なくも美しいコントラストに、武者震いまで感じながら歩を進めると・・・

・・・パルテノン神殿、絶賛、修復工事中・・・!

アイボリーの神殿のそこら中に、めちゃ興ざめの足場が組まれてます~
なんかクレーン的な巨大なキリンの首が顔を出し・・・。
そうです、このパルテノン神殿、そのあまりに過酷過ぎる歴史ゆえ生傷が絶えず、修復工事がかれこれ30年も続いていたのでした。

さかき(ギリシア紀行6に続きます)

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