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和泉式部の美貌と感受性が、嫉妬の的だったろうこと 

和歌の世界に造詣が深いわけでもないのですが、幾人か好きな歌人がいます。
中でも好きなのは、清少納言と和泉式部。
清少納言に関しては、男でも負けてしまうほどの広範な知識と教養をこれでもかと満載させた、まるで頭脳戦のような詠みぶりが痛快。
対して和泉式部については、“感受性と愛情の嵐”とでも言った風情が、もうたまらなく好きなのです。

わりと有名な話として、紫式部が和泉式部について辛辣な人物評を書いていたということがあります。
内容をかいつまんで書いてみますと、「和泉式部は、歌はちょっと上手いようだけれど、私生活が乱れていている点が良くない。肝心の歌に関しても、感情が派手に出ているだけで、実は教養などはあまり無いように見える」とでもいったところでしょうか(非常にカジュアル過ぎる意訳です)。
こちらを読むたび私はいつも、「紫式部さんて、もしかしたら性格悪い?」と感じておりました。
だって一見すると冷静な批評のような顔をして、噛み砕いてみれば何のことはない、ただの“女の嫉妬”のような?
相手は豊かな感受性を持つ歌人として名をはせており、さらには立場ある男性から次々に愛された華やかな恋愛遍歴でも有名な女性。
だから「単に、激しく嫉妬心を燃やしていたため、わざとこんなふうに貶していたのではないか」とも考えてしまうのです。

和泉式部というとまずは恋の歌が有名なようですが、より私が好むのは、子供をなくした際の哀傷歌と、晩年に仏教へ傾倒した際の歌の数々。
これらを鑑賞しますと、とても藤原道長が呼んだような「浮かれ女」とは思われません。
かえって和泉式部とは、あまりに感受性に満ちすぎていた、心根の美しい女性だったのではないだろうか、との思いを強くします。
外面よりも精神面での美しさが、多くの男性の心をとらえて離さなかったのだろう、と考えてしまうほどです。

誰かが誰かについて批評をする様子を見れば、その批評をするひとの『知的レヴェル』や『精神性の高低』が分かるのかも知れません。
なんとも、普段からネットを当たり前に使用している現代人のひとりとして、戒めとしたいことですね。

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