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もしもやり直せるのなら、固辞を選ぼう 

若い頃は作家という職業に憧れを抱いたこともあったけれど、言ってみれば誰でも通る道みたいなもので、年を経てしまえばそんな思いは忘却の彼方にありました。
ところが“もう相当のいい年”であった私に、上司から降ってわいた話があったのです、「共著でデビューさせるので、とある仕事をしなさい」と。
そのまま深く考えもせずに『コレキヨ』を手がけてしまった、というのが“さかき漣”の始まりでした。

『希臘から来たソフィア』上梓ののち、出版社の担当様からお褒め頂いたことがあります。
「遅咲きの作家というのは、大抵、文章が下手なんです。そこへいくと、さかきさんは非常に文章がうまい。これほど上手い作家はあなたと○○○○さんくらいだ」と。
○○○○さんとは、ここに書くのも大いに憚られる、超大物の女流作家先生でいらっしゃいますし、また担当様は既に御年60才超え、出版業界における大層なベテランでいらっしゃるのです。
もちろん担当様によるお世辞だったのでしょうが、当時はもう本当に、本当に嬉しく存じまして、涙が滲むのを堪えることに苦労いたしました。
それまで三冊立て続けに出版させて頂いたものの「何のために書いているのか分からない」と、日々懊悩の奥底に沈んでいた時期でしたから。
場所は新宿の珈琲専門店、大ぶりの花器へ素朴に投げ入れされた枝葉の姿と共に、私にとって忘れがたい思い出となりました。

自身に鞭打ちながら、その後も『顔のない独裁者』まで書きましたが。
正直なところ“さかき漣”としての活動は、ただ状況に押し流されつつも「世の人から『心が動かされた』とお声が頂けるなら、少しは報われる」という小さな期待のみを頼りに遂行していたものですから、もうその気持ちも燃え尽きてしまったのだろうと今は感じております。
無論これには、数年間の激務がたたり体を壊してしまったことも大きく影響してはいるものの。
今にして思えば、政治経済にもライトノベルにも強い興味を持たない私では、“政経ラノベ作家”に向いているはずもなかったのですね。

執筆の件に限らず、私のもっとも忌むべき欠点とは、「目上のかたから強く要求されるとNOと言えない」ということ。
もしも次の人生があるのならば、今度こそ必ず、「意に反する行為は、丁重に固辞する」ことを誓いましょう。

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