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飛び跳ねる“ストーリー・テラー”と、宇宙の大穴から滲む唾液 

たとえば、こんな人がいたとして。
世界中の誰にも相談することのできない巨大な暗黒を胸に抱えながら、その恐ろしいブラックホールの自身の内にあることを他者に隠しては、可能な限り笑顔を浮かべ生きている。それは、大変に過酷な生き方である。元より生きることは全き悲劇であるとする立場であっても、他人からは喜劇の演者にしか見られぬという辛酸も再三に舐め、時には揶揄やら誹謗中傷やらに晒されたり、酷い場合には他人から妄想に基づき叱りつけられたり、悪者の汚名を擦り付けられたりもする。これらの経験が、その人のますます人生に対して白ける要因となり。
こんな生き方は、まったくもって、地獄だな。

更にここにひとり、孤独なストーリー・テラーが椅子に座っている。物語を紡ぐのと同様に、いやそれ以上に、詩を書くことをも好む人。
心象風景を散文にて書き綴る人を「ポエマー」などと呼び馬鹿にする人々も一部いるようだが、だから何だ、と思う。表現欲求の少ない人より、表現したいと考える瞬間の多い人のほうが生きざまに幅が出ることもある。ポエマーがイタイとか、中二病が寒いとか、構ってちゃんウザいとか、どうでもいい。何かをしたい、感情や感性を何らかの形で表現したいと願うことに、良いも悪いもない。ただ、そこにあるのは、表現したがる人間と表現したがらない人間がある、という差異のみ。
だいたい中二病にはある種の価値がある場合も多い。私の考えるに、おそらく過去の突出した芸術家は殆んどが中二病だったろうし。別にそれでいいんだよ、表現者なんだからさ。表現者がいなくなったら、世の中から感動モノ、号泣モノ、絶叫モノ、爆笑モノ、などなどが消え去るぞ。それってどんだけつまらん世界だ? 作品の受け取り手である非・表現者は、その因果関係についてどう思うんだろ。私としては中二病万歳、産めよ増やせよ構ってちゃん、ポエマーイコール宇宙の宝だ。未来に於いて凄いものを見せてくれるかも知れない原石。芸術家は空気なんか読んじゃいけない。

論理的であることや矛盾の皆無であることを求めるなら、読者は定評のある論文や学術書を読めばいい。しかし敢えて物語を読むことを求める人に対して、それには異なる心構えが必要である。
この世界には、事実を知りたい人、嘘を楽しみたい人、幻想に埋もれたい人、未来を見たい人、過去を振り返りたい人、欲望に溺れたい人、などなど、様々な人がいる。その中で私は、読者に対して、朧だが同時に豊かな豊かな幻想を見せ、美に魅了させ、登場人物の心の疼きを痛みを自身のことのように体感して頂きたい、と思っている。まるで、それが眼前に展開されるリアルの情景であるかのように、読者を没頭させ、彼らの脳を騙しおおせ、個々の心に深く抉れた傷跡を残したい! 激痛も走り、あわよくば血さえ吹き出し流れてくれればと! それが多分、私の創作の原動力なんだろう。

今から物凄くサムイことを記すが・・・実は「書くこと」「表現すること」「感性」「感受性」「美的センス」などなどに関して、私は不動の自信を持っている。これらについて自分は世界で一番凄いんだと、本気で思っている。というか、そうでもなきゃ、自分の妄想を人様に晒すなんて恥ずかしいことできるわけないよ。言ってみれば最強の中二病だ、別にそう思われても全然構わないしな。
でも私は、誰か特定の人をライバル視することは無い。基本的に他人の能力や評価はどうでもいいからだ。ただ誰かがわざわざ私の領海へ入ってきて無礼を働いたら「めんどくさいですなー」とは思う。どっか遠くで勝手にやっててくれ、ただ私のテリトリーには入らんでくれ、頼むから。あんまり領海侵犯されすぎたら、普通に迎撃するしな。
私は優しい人たちと優しい交流を重ねていたいだけだ。互いに礼儀を守り、困っているひとがいたら静かに手を差し伸べて。天才を見かけたら、その天才性を褒めたい。素晴らしい作品を素晴らしいと言い、美しいものに見惚れたい。ライバル視や嫉妬心なんて、大嫌いだ! つまらんもんは視界にも入れずスルーに限る。貶す必要もないしね。誰かを貶したところで軋轢が生まれるだけだし、しかし天才を褒めれば新たな素晴らしい作品を生み出してもらえる可能性が高まるから有意義だ。せっかくこの世に生を受けたんだから、素晴らしいものをたくさん見てから死にたい。

フランクフルトで訪れた教会は良かった。好きな空間だった。十字架にかけられたイエスを、長い時間、見ていた。

人間というのは、誰しも、多少の闇を抱えている。まあそれでも誤魔化し誤魔化し生き抜かなきゃならんのが人生なんだな。背後には常にブラック・ホール。餌食を吸い込み飲み下そうと、舌なめずりをしている、大きな穴。
むかし四柱推命の占い師から言われたのだが、「あなたほど忍耐強い人間はいない。逆に『あきらめベタ』過ぎて、逃げるべき時に逃げなかったり、辞め時を逃したりする傾向にある」と。占いを信じてるかと言えばそうでもないんだけど、この言葉には随分と救われたもんだ。懐かしい。

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