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たとえ独りの夜にも、望遠鏡と歌があれば ~映画『コンタクト』への憧れ~ 

過日、SF映画『コンタクト』のブルーレイを知人にお貸ししたところ、メールにて丁寧なご感想を頂きました。知人も以前に本作を鑑賞済みとのことでしたが、再び見直して、やはり良い映画ですね、と。
そういうわけで、私も少し書きたくなってしまいました。

映画版『コンタクト』は、天文学者かつSF作家であったカール・セーガンの名作小説をロバート・ゼメキス監督の手で映像化したもので、私はこの映像作品を大好きなのです。主演女優がジョディ・フォスターなのも、嬉しい限り。ジョディ・フォスターの聡明さとストイックな雰囲気が、なんとも私好みなものですから。
さらには『コンタクト』では、懐かしいアイテム「無線」が、過去の象徴的なモチーフとして登場するのです。実はアマチュア無線免許取得者である私も、幼い頃はハム部屋にて楽しい時間を過ごしましたので、本作の主人公にますます共感してしまうのかも知れません。
➤『コンタクト』

以前もどこかで書いたように、伝統文化・芸術・文学といったインドア寄りの情操教育をこれでもかと受けながら、同時に“完全なる野生児”としても育った私ですから、当然、天体観測についても日常の出来事でした。自宅の屋根に上って望遠鏡をのぞくという、まるで漫画みたいな経験もリアルにあるほど。
それ以外にも、天体ショーの起こるたびに、お祭りに勇んで参加したもの。たとえば彗星が地球に接近する際など、多くの天体観測ファンが集まる夜の広場で、レンズの中に薄ぼんやりと微かに映るほうき星の姿に、その場にいた人々と共に大騒ぎしたこともありました。また、しし座の流星群が降る頃には、家族みなで空気の綺麗な山へ出掛け、空を見上げての“秋のキンと冷えた夜”を過ごしたり。このとき魔法瓶から注がれたホット・ココアの美味しさを、今でも昨日のことのように思い出します。
上記のような経験もあり、小学生の時分には「大きくなったら宇宙物理学を勉強するんだ」と“のたまっていた”こともありました。まったく、身の程知らずにも、ほどがありますわな。まあこれは、自身の成績表と睨めっこし中学の頃には完全に諦め(あきらめ)もついたわけで・・・そして私の中の夜空へのあこがれは、「宇宙物理学者になりたい」という無謀すぎる憧れから、「SF作品を楽しもう」という身の丈にあった憧れへ昇華されます。
そう、『2001年宇宙の旅』など、もう幾度観たか分かりません。そして観るたびにゾクゾクと、歓喜と慄きの感情が幾重にも交叉するのも、いつまでも変わらないのです。
➤『2001年宇宙の旅』

そういえば、SFの意味とは無論サイエンス・フィクションですが、そこには無限のファンタジーが詰まっていると思います。ですから、これまで政経ファンタジーを上梓してきた私が、“SFF”(サイエンス・フィクション・ファンタジー?)(さかき造語?)を書いたとしても、ごく自然な流れなのかも知れません。

さて最後に。なぜ自分はこれほど映画『コンタクト』が好きなのか、その最大の理由は、と考えてみました。
ジョディ・フォスター演じる主人公・エリーは、『砂漠の巫女』などと周囲から揶揄されても決してめげることなく、自分の信念や情熱を大事に、研究に全力を注ぎます。美容や出世に重きを置いていないのは勿論ながら、それ以前に、恋愛の成就や家庭の幸福を得ることなども、彼女にとっては興味の対象外となっているようにも見えます。
このエリーの姿に、私は、自分の姿を重ねているのだと思います。他人から理解されなくても良い、ただ、この世に生を受けた以上、「自分なりの“誇り”をまっとうして死にたい」と。そしていつか彼岸に辿り着いたとき、ずっと会いたかった人々や動物たちと再会し、「ひとりでよく頑張ったなあ」とほめてもらえたなら、と、日々、夢想するのです。

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